おおくま歯科の院長紹介
はじめまして。おおくま歯科院長の大熊俊宏と申します。
岐阜市柳ヶ瀬の大熊果実店にて生まれ育ちましたが、脳外科医である父の仕事の都合で、5歳の時、高山に引越しました。その頃のかすかな記憶では、母親に連れられて行った歯科医院で泣きながら逃げ回っていたように思います。
8歳で岐阜市に戻ってきました。昼も夜もなく病院から呼び出しの電話を受ける父を見ていると、外科医という仕事には、子供ながらに大変さを感じつつ、あこがれを持ちました。と同時に、近所の歯医者さんの仕事もかっこいいなと思っていました。
高校3年生の進路相談では、先生から「将来何の仕事につくんだ?」と聞かれ、その時一番熱中していた「バス釣りのショップをつくりたい。」と答えた覚えがあります。しかし受験が近づくにつれて大いに悩みはじめ、周囲の意見も聞いた結果、愛知学院大学の歯学部に入学しました。
部活では、ワンダーフォーゲル部といって山岳部ほど過酷ではない山登りをしていました。
6年後に卒業すると同時に国家試験に合格し、大学の補綴学第2講座に入局しました。ここでは、総義歯(総入れ歯)、かぶせなどを中心に、これらを用いて歯や顎の失われた機能を回復するという勉強をしました。昼は歯科治療をし、夜は夜中まで歯科技工。先輩が技工室で熱心に面倒をみてくださったことに、今でも感謝しています。また、その頃から今にいたるまでずっと、歯科技工もライフワークになっています。
25歳で結婚しました。そして28歳で岐阜市柳津町に歯科医院を開院しました。2007年8月で8年になります。現在30名弱のスタッフと一緒に地域の皆様のお役に立てるよう日々努力しています。
まだまだお話ししたいことがありますが、少しずつブログで書いていこうと思います。
これからも、おおくま歯科をよろしくお願いいたします。
ご意見をお寄せください。
ときどき人は初心を忘れるものです。もちろん歯科医師も、また、どの医療機関であっても同じだと思います。
患者さんは、ご病気になられ辛い思いで医院にいらっしゃっているのに、私たちの不適切な態度や行動で、さらに辛い思いをされてお帰りになられたのでは、非常に申し訳ありません。
ここで医療のマニュアルについて一言お話しさせてください。
「医療は完全にマニュアル通りにおこなうべきだ」という意見があったら、これは間違いだと思います。なぜなら、患者さんの症状は、おひとりおひとり異なりますし、人それぞれの性格も違います。当然、その日のご機嫌というものもあります。ましてや痛みなどを抱えていらっしゃいましたら、ご気分がすぐれないということも充分ありうるからです。
では、「医療にマニュアルは必要ない」ということになるかというと、こちらも間違いです。医療機関に様々な義務があるということは、この義務を忠実に誠実に果たしていくマニュアルというものが必ず必要になるはずです。
こうして考えていきますと、我々医療にたずさわる者の努力の積み重ねには終わりが無いことが分かります。医療技術も勿論ですが、人と人とのコミュニケーション能力の向上にも努めなければなりません。そこで、是非遠慮なさらず、ご意見をおっしゃって下さい。また、お叱り下さい。皆で話し合い、改善いたします。
後になってからお怒りが沸いてくることもあるでしょうし、ちょっと言えるタイミングを逃してしまったということもあるでしょう。そんな時は、メールを頂きたいと思います。 フリーメールでも結構です。無記名でも結構です。感情のままお書きになってくださって構いません。また、お喜びの声をお知らせくださってもありがたいです。
postmaster@ohkumashika.comまでお送りください。
よろしくお願いいたします。
おおくま歯科院長 大熊俊宏